-おれ流あんまんの食い方、
あるいはお隣さんの妹について-  第一話


お天気は久々の晴れだけど見上げて見ればやはり冬の空。
うっかり一つしかない手袋を学校に置き忘れてしまいおれの哀れな両手は当社比200%くらい凍えていた。
ズボンのポケットに突っ込んではいるがほとんど効果ないのはご承知の通り。
加えてぴーぷー吹く北風が追い討ちをかけてくれる。役立たずな太陽を罵りたくなる気分だった。
「まったく!受験生の大切な右手が使えなくなったらどうしてくれるんだ!!」
もちろん天下の公道で叫ぶようなことはせず、心の中で密かに怒りを燃やしたのだ。

中学から勉学に部活動(伝統と実績の帰宅部)にと励んできたおれも早や高校三年生。
サクラを咲かせ大学生活をエンジョイするため受験生に身をやつしている。
この暗く辛く長く苦しい受験勉強の先にはきっとバラ色の未来が待ってる!!
って力説する話でもない。
それなりの体格と運動神経は持っているので一見スポーツマン系に見えないこともないおれは、
実のところバリバリの理系野郎である。
つまんで言えば中学のころ一般相対性理論を嗜み、
高一の時に山本の物理をマンガ本代わりにペラペラ読み、
アインシュタイン博士を心の師と仰ぐようなやつだ。
勉めて強いるところの勉強は嫌いだが学び習うところの学習は好きである。

よって気分と趣味が合った分野ならば「受験勉強」するまでもなく分かる。
逆に合わない分野は非常にまずい。
こんなんやってられっけー!!とばかりに放棄してしまう。
その結果、満点か赤点か、Dead or Aliveなやつと呼ばれるのである。

歴史・地理や古典などなどは親の遺言で受けろと言われても却下なので
受験科目は理系オンリーの予定である。これは全く問題ない。
しかしそれでも化学と英語は付いて回る。仕方ないので近所の図書館でお勉強の毎日だ。
CDの貸し出しも行なっているので、レディオヘッドなど聴きつつ頻出単語やら分子構造やらを覚える。
おれは音楽があると「勉強」がはかどるタチなのだ。校則によりウォークマン禁止の学校図書館でこれはできない。


そんな訳でおれは今、学校から一度家に帰って、図書館に向かう途中で凍えていたのだ。
「うう、まじ寒い。死ねる」
氷漬けのマンモスの気持ちが分かってきたおれは目に付いたコンビニに飛び込んだ。


「おお、北側じゃないか」
「違う、北川だ!何の用だ?また嫌がらせに来たのか?」
学校の友人である北川がレジに立っていた。名前を間違えてやると喜ぶという奇癖の持ち主だ。
「勝手なことを言うな!用があるなら早くしろ、ないならさっさと帰れ」
いわゆる悪友というやつで、こう見えても仲がいい。
嫌がる理由も分からんでもない。
少し前に他の悪友数人を引き連れてコンビニウォッチャーをやったのだ。
つまり、店内をチェックして以下のようなことをだべる。
「三色おにぎりは失敗だろ」「いや、俺は評価するな。一粒で三度おいしい」
「サスケはちょっと判断しがたいな」「それならメッコールだろ」
「アンパン、ジャムパン、カレーパンを並べるとはなかなかやるな」 「ジャム、バター、チーズも並んでるな」
「薬味付きの豆腐とは気が利いているが果たして売れているのか?」 「むしろ一人前湯豆腐セットにすべきだな」

「店員の態度は他店と比べて並程度か」「あいつは態度が悪いな」
などなど。
30分ほど店内をうろついていた間中、
北川はおれたちのことを睨んでいた。 ガラの悪い店員である。
「安心しろ。今日は客として来た」
「あの後何故か時給が下がっていたんだぞ」
「当然だ。不良店員として店長に告発しておいたからな」
「相沢、お前・・・」
今にも掴み掛かってきそうな雰囲気だ。間合いを取っていて正解だった。
「冗談だ。幾らおれでもそこまではしないよ」
「どうだかな」
おれと北川の間にはこのような堅い信頼関係がある。
「さて、今日はあんまんをもらいに来た。友人価格として5割引でいいだろう?」
おれはそう言って50円玉をカウンターに転がす。
北川はそれを拾うと募金箱に入れた。
「ご協力ありがとうございました」
北川は済ました顔で言った。
「くっ。あんまんと肉まんを一つずつくれ。消費税までばっちり払ってやる」
「当たり前だ」
中華まんの入った包みを受け取ると、50円玉、10円玉、5円玉、1円玉を駆使して、
法的限界枚数ぎりぎりで支払ってやった。
「また来るからな」
「もう来るな」
いい友人だ。

あんまんの食べ方にはちょっとしたこだわりがある。
まずは一番外側の薄皮を少しだけめくりとって食べる。
ほんの少しの量とほんの少しの甘さがこれからを期待させ、唾が出てきて食欲が増進する。
ここで焦ってかぶりつくのは駄目だ。それではほんの二口で終わってしまう。
50円余分に払ったあんまんだけに、より味わって食わなければいけない。
甘い餡に早く口づけたいの我慢して、白い皮だけを一口食べる。
温かさと、さっきよりもはっきりとした甘さを感じる。
皮と餡を一緒に食べる。ただし餡はほんの少々である。
香ばしい香りが口の中に広がる。
北川のバイトするコンビニのあんまんは、餡にゴマ油が混ぜられているのだ。
次が核心だ。餡だけを目一杯食べるのだ。
沸き起こる味覚の感動を想像しておれはしばらく手の中のあんまんを眺めていた。
その時だった。

「ゆーいちっ」
「ぐぉ」
「わっ」
おれは後ろからタックルを食らって倒れた。
咄嗟に手をついて道路にキスするのを阻止した。
手をついて?
「うぉぉ!」
おれの目に入ったのは愛しいあんまんの無残な有様だった。
「なんてことだ。おれのあんまんが・・・畜生・・・」
「ゆういち、だいじょうぶ?」
おれに影を落としながらそう聞いてきたのは真琴だった。
隣家に住む小学生であり、おれの疫病神である。
「大丈夫じゃないぞ。あんまんが惨死した」
「ゆういちってほんとあんまんが好きだね」
真琴ははふはふとしながら言った。
「あんまんも好きだが、肉まんも好きだ。ところでお前が今食っているのは何だ?」

「にくまん。落ちてたのを拾ったの」
「拾ったの、じゃない!あんまんに続いて肉まんまでもおれから奪い取るのか」
「取られたくなかったら落とさないっ」
「お前が原因だ。道端で人にタックルするな」
真琴は後ろからの不意打ちを得意とする。
膝カックンやら足払いやらリコーダーで後ろ面やら、おれの受けた被害は数知れず。 「どこでするならいいの?」
「どこでもするなっ」
「ゆういちがひまそうにしてたから構ってあげてるのにっ」
「おれはこれから図書館に行って受験勉強だ。年中遊び放題の小学生とは違うのだよ」
ふふんと笑ってやる。
「そうやって真琴のことをすぐ子供あつかいしないでっ!」
子供ほどそうやって怒るものだ。そう言おうと思ったときに一人の女性が現れた。
「祐一くん。こんにちは」
「あ、おばさん。こんにちは・・・」
真琴の母だ。
「いつもごめんなさいね。真琴がいたずらばっかりして」
「気にしてませんよ。子供のすることですし」
真琴の方を見ながら言ってやると、真琴は悔しがって地団駄を踏んだ。
「買い物ですか?」
今居る道は商店街に抜ける道で、昔はメインストリート、今は住民の生活道路である。
「ええ。真琴がどうしてもハンバーグを食べたいと言うから」
「わがままなやつだな」
「うるさいっ」
真琴はぽかぽかとおれを叩いた。いつもながら全然痛くない。
「こら、真琴。それじゃ私たちはこれで。勉強頑張ってくださいね」
そう言うとあかんベーをする真琴を引っ張って行ってしまった。
あんなに仲が良い親子なのに本当の親子じゃない。本当の親子でも憎みあう親子もいる。
家族愛とか親子愛とか、そういった愛情はどこから生まれるのだろうか。
その後おれは図書館が閉まるまでずっと勉強をした。



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